なぜサッカーを陸上競技場で行うのか

なぜサッカーを陸上競技場で行うのか

こんにちは。

サッカーは「深く狭く」掘り下げたいアラサーライターの蹴道浪漫(シュウドウロマン)です。

今回は、2021年のビッグイベント・東京五輪で使用された競技場について気ままに考察します。

・東京五輪でサッカーの試合を開催した競技場

東京五輪で、サッカーは6会場で行われた。東京・横浜・埼玉・茨城・宮城・札幌である。会場を決めた経緯は不透明ではあるものの、「サッカー観戦」という視点で考えると、良い選択をしたとは言えない。というのも、この6会場の内、サッカー専用スタジアムは、埼玉と茨城の2会場のみだからである。まずは、6会場の特徴をまとめておきたい。

東京→新国立競技場ではなく、調布市にある味の素スタジアム。48,000人収容の陸上競技場。2001年完成。

横浜→横浜国際競技場。2002年サッカーワールドカップ決勝戦の会場。72,000人収容の陸上競技場。1998年完成。

埼玉→埼玉スタジアム。63,000人収容、日本最大のサッカー専用スタジアムだが、最寄り駅である浦和美園駅から徒歩30分ほどかかる。2001年完成。

茨城→鹿島アントラーズのホームスタジアムであり、40,000人収容のサッカー専用スタジアム。1993年完成。

宮城→49,000人収容の陸上競技場。サッカーとラグビーのワールドカップ開催実績有。2000年完成。

札幌→プロ野球の日本ハムが使用している札幌ドーム。多分世界で唯一、野球とサッカーの試合を併用しているスタジアム。41,000人収容。2001年完成。

もちろん、すべての会場でサッカーは開催可能であり、国際大会での実績もある。スタジアムだけではなく、周辺の各自治体も受け入れ体制を整えていたことだろう。しかし、サッカー専用スタジアム以外での観戦は、圧倒的に迫力や臨場感に欠ける。

ワールドカップも開催された札幌ドーム

・サッカー場建設の歴史

私の経験上で言えるのは、「陸上競技場で見るプロの試合より、サッカー専用スタジアムで見る高校生の試合の方が面白い」ということだ。恐らくこの意見には、多くのサッカーファンが賛同してくれるだろう。陸上トラックがあるだけで、サッカーの見え方がまったく変わってしまう。

極端に言うと、国技館の土俵の周りに陸上トラックがあったとしたら、相撲は楽しめないだろう。帝国劇場の座席と舞台の間に、走り幅跳びの砂場があった場合、誰がミュージカルを見に行くだろうか。極端な例ではあるが、どの競技場でも「無駄なスペース」は排除すべきである。

それでは、現在の日本にサッカー専用スタジアムは少ないのか?答えはノーであり、1990年以降、着実に増えている。きっかけとなったのは、1993年のJリーグ開幕である。各地方都市は、町おこしも兼ねてJリーグチームの誘致を行った。この時期に建設されたのが、東京五輪でも使用された、茨城のカシマサッカースタジアムだ。

次に建設ラッシュが起きたのは、2002年のサッカーワールドカップの誘致がきっかけとなっている。この頃に埼玉スタジアムが完成しており、現在まで多くの日本代表の試合が開催されている。東京五輪で、サッカー会場として使用されたスタジアムの内、茨城以外はこの時期に建設されたものだ。

そして、現在でもサッカー専用スタジアムの建設は続いている。最近では、2020年の1月京都に21,000人収容のスタジアムが完成した。恐らく日本全体で見ると、規模の大小こそあれ、30会場ほどはサッカー専用スタジアムがあるはずだ。

・陸上競技場を使用する理由について考察

それにもかかわらず、東京五輪でサッカー専用スタジアムをフルに活用しなかったのは、なぜなのだろうか。サッカーを見る上でも、実際にプレーする場合でも、サッカー専用スタジアムが良いのは間違いない。しかし、安全面や収益面といった運営側の目線で考えると、陸上競技場の方が、サッカー専用スタジアムよりメリットが大きいのである。だからこそ、未だにJリーグのチームでも、陸上競技場をホームスタジアムにしているチームがあるのだと考えられる。

まずは、安全面で見ていくと、間違いなく陸上競技場の方が良い。サッカー専用スタジアムと違い、陸上トラックに警備員を配置できるため、サポーターが乱入することがない。選手が蹴ったボールが観客席に飛び込むリスクも低い。圧倒的に臨場感に欠けるとはいえ、安全に観戦できるのは、サッカー専用スタジアムではなく陸上競技場だ。

そして、何よりも収益面が大きく影響していると考えられる。陸上競技場ならば、サッカー以外でも使用できる。陸上競技はもちろんのこと、ラグビーやアメフト、コンサートでの使用も可能だ。雨天のリスクがない東京ドームは、各種イベントの開催で収益を上げているだけではなく、格闘技やアイドルコンサートの聖地となっている。これが、サッカー専用スタジアムだと、他目的での使用が難しい。

なぜなら、サッカー専用スタジアムで使用する天然芝は、人工芝と違って傷みやすいからだ。さらに、太陽光での生育が必要となるため、ドーム型にするのが難しい。雨天でのイベント開催は難しくなるため、サッカー専用スタジアムでのコンサートというのは、ほとんど聞いたことがない。陸上競技場であれば、陸上トラックの位置に舞台を設置して雨を防げるものの、サッカー専用スタジアムではそれだけのスペースを確保できない。

また、陸上競技場でサッカーの試合を行う場合、陸上トラックに看板の設置も可能だ。各スポンサーや地元企業のPRに一役買えるため、一定の収入が確保できるだろう。サッカー専用スタジアムの場合は、陸上競技場ほどには、看板を設置できない。さらに、野球のドームであれば、陸上競技場よりも多くの場所に広告を出せる。やはり、収益面で考えると、サッカー専用スタジアムは圧倒的に不利な立場にある。

さらに、都心部にサッカー専用スタジアム建設を考える場合は、騒音の問題も見逃せない。ドーム型の球場であれば、ある程度は歓声を抑えられるが、サッカー専用スタジアムだと筒抜けである。特に、サッカーの場合はサポーターが大声を張り上げるため、現実的に考えて住宅街に建設はできない。これが体育館型のアリーナであれば、サッカー専用スタジアムほどのスペースを必要としないため、都心の一等地にも建設ができるだろう。

要するに、サッカー専用スタジアムは、使い勝手が悪く儲けにくい構造になっているのだ。仮にJリーグのホームスタジアムにしたとしても、年間の試合数は30試合程度。1試合の入場者数は1万人から2万人ほどである。これがプロ野球のドームを建設した場合は、年間の試合数は60試合程度、1試合の入場者数は3万人ほど。野球以外でも使用できるため、非常にコスパが良い。収益面だけで考えると、ドーム>アリーナ>陸上競技場>サッカー専用スタジアムの順番になるだろう。

・サッカー専用スタジアムを使用すべき理由

しかし、繰り返しになるが、サッカーは専用スタジアムで観戦すべきものである。多くのファンや選手が、そのことを痛感しているからこそ、日本でもサッカー専用スタジアムの建設が続いているのだろう。東京五輪でも、世界のサッカーファンに向けて、日本のサッカー専用スタジアムをアピールしてほしかった。日本へのイメージが、かなり変わっていたはずである。

たとえば私の場合、98年のフランスワールドカップを見た際に、日本のスタジアムとの圧倒的な違いに驚いたものだ。当時の日本には、1万人程度収容のごく少数のサッカー専用スタジアムか、国立競技場のような陸上競技場しかなかった。しかし、フランスには5万人以上収容のサッカー専用スタジアムが多数あり、観客席や芝生の美しさにテレビ越しで感動したのを覚えている。あまりの環境の違いに、子どもながらに日本サッカーは、向こうしばらくの間フランスに勝てないと感じたほどだ。

その一方で、2008年の北京オリンピックの際には、大きな失望を覚えた。サッカーが陸上競技場で行われていただけではなく、テレビ越しで見てもハッキリと分かるくらい、天然芝の状態が悪いものだったからだ。率直に言って、この程度のスタジアムで戦わなければならない、各国代表の選手を不憫に思ったものである。

つまり、オリンピックやワールドカップという国際大会は、スタジアムを国外にアピールするチャンスでもあるのだ。だからこそ、東京五輪でも、日本を代表するサッカー専用スタジアムを使用すべきだったと言える。

たとえば、2015年完成4万人収容の、大阪吹田スタジアム。1955年完成、独特のレトロな雰囲気がある、横浜三ツ沢公園球技場。1960年完成、1964年の東京五輪でも使用された、大宮公園サッカー場。これらのスタジアムであれば、海外に日本のサッカー専用スタジアムの魅力を充分にアピールできたであろう。

大阪吹田スタジアム

もちろん、東京五輪で使用した競技場のうち、埼玉と茨城は日本を代表するサッカー専用スタジアムだ。そもそも日本の天然芝は、世界でもトップクラスに質が良いものであるらしい。確かに、Jリーグの試合でも、選手が芝に足を取られるシーンは、ほとんど見かけない。テレビ越しで観戦した海外のサポーターにも、日本のスタジアムの質の高さは伝わっただろう。

だからこそ、残りの4会場もサッカー専用スタジアムで開催してほしかったと思う。サッカーの世界において、東京五輪の注目度は低かったとはいえ、初めてサッカーの試合を観たという人もいただろう。無観客で今ひとつ盛り上がりに欠けた五輪だったからこそ、ベストな選択とは言い難かった競技場の選定に、今でも若干のもどかしさが残っているのだ。